山田大雅の仏像ブログ

仏像好きがお寺や仏像などについて解説します。

土塔−行基の作った不思議な塔

今日は,大阪府堺市にある土塔(どとう)について説明します。

 

おそらくほとんどの方が「なんじゃそりゃ」という状態だと思います。私も知りませんでした。しかしここは史跡に指定されている他,ここの出土品の一部は重要文化財に指定されているので,それなりに重要なものなのでしょう。

 

土塔とは,奈良時代行基が造営した土と瓦で作った巨大なピラミッド型の建築物です。

 

写真で説明した方がわかりやすいと思うので,写真を載せます。

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なお,土塔は四角錐をしているのですが,そのうち2面だけが近年の復元により往時の姿を取り戻しています。写真で写しているのはその復元された側面です。もとは草が生い茂った小高い山のようになっていました。

 

で,創建当初の姿のミニチュアも近くに置かれていました。創建当時は次の写真のようだったらしいです。

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土塔の創建時の姿。後に映る草の山は現在の土塔

十三重にできていて,最上階には塔らしき建物もありますね。

 

さて,ではこの土塔について説明してゆきます。

 

土塔は,これ自体が単独の施設ということではなく,近くにある同じく行基が創建したお寺である大野寺(室生寺の近くにも大野寺というのがありますが,それとは別です)付属の塔として建築されたものです。

 

ちなみに,その大野寺というお寺も一応近くにあります。ただ,いわゆる小規模の寺院となっていて,入口も門も閉じられていて,おそらく配管はできないものと予想しております。

 

塔(とう)の語源はインドのストゥーパであることは有名です。そしてストゥーパというのは仏舎利を納める施設です。

 

古代の寺院では特にこの塔が寺院の施設として重視されましたから,お寺にはしばしば塔が一つの施設として造営されています。この土塔もその趣旨で作られたものだと理解しています。

 

でもどうして土で作ったのでしょうか。普通に木造で三重塔なり五重塔を作れば良い気もしますが・・・。そのあたりはわからなかったので,もしご存知の方がいらっしゃればコメント欄で教えてください。

 

で,この堺という町にある理由についてです。もちろんこれも結局はたまたまという理由になるのでしょうが,堺は行基が生まれた場所です。だから行基もこの場所を重視したのでしょう。

 

そういえば,興福寺の近くには頭塔という施設がありますね。頭塔もここと同じように土が盛られたピラミッドのような形をしています。頭塔も奈良時代の創建だと理解しています。この時期にちょっと流行ったのでしょうか。

 

ということで,説明といってもあまり説明になっていなかったかもしれませんが,お寺にはこのようにちょっと不思議な施設もあるのですね。また色々勉強してみたいです。

 

それでは。